窓の外は6本の線路

事例

小学生の母でもあるKさんが、線路沿いのマンションを選んだのは、しかもよりによって一番線路に近い部屋を選んだのは、Kさんの趣味がピアノだからでした。

 

マンションと線路の間は、一方通行の車道と歩道があるだけ。電車の音を遮るものはありません。線路とお部屋との距離は10mほどです。しかも線路は6本もあります。そんなお部屋だから、ピアノの音が漏れても、電車が走っていればかき消されるだろうし、そもそも音に敏感な人はこのマンションには住めないはず。電車の大きな音に慣れているから、居住者は、音に対して寛容に違いない。そう考えて購入したそうです。

Kさんのご要望

でも、いざ生活が始まると、奥様はなかなか寝付けず、やっとの思いで眠りについても、始発電車で毎朝起こされ睡眠不足でお困りでした。自分のお部屋ができたと喜んだ小学生の息子さんも、電車の音で目覚めてしまうとのことでした。今回のご相談は、息子さんのお部屋を「使えるようにして欲しい」とのご依頼でした。その他のお部屋はその効果をみてから判断することとなりました。

お部屋の状況

電車の音量はお部屋の中で最大で68デシベルという音量。これは、幹線道路の歩道の音量です。窓が閉まっていてこれだけ大きな音量のお部屋は、もう何年出くわしていません。このままでは寝室はおろか、勉強部屋として使うのも難しい状況です。

68デシベルは日常会話のレベルよりもやや大きい音量です。

対策の方針

音量は50デシベルを超えないという緩い条件にしました。電車の音がより少しでも小さいことは望ましいですが、それよりも電車の音で目覚めない音に変えることを第一に据え、その中で寝室の目安である音量である40デシベルに近づけることができればそれでよしとしました。

 

50デシベルと必須条件を緩めにしたのは、50デシベルが勉強部屋として容認レベルであること。ここまで音量を小さくすることができれば、彼はまだ小学生低学年であるので、彼の脳は大人と違い柔軟で、電車の音共に家族円満で生活が楽しければ、電車の音があってもそれは不自然な事ではないと、脳が十分に理解できる=受け入ることができ、強いストレスにはならないからです。(脳の可塑性効果)

古いマンションだから防音性能

多くの人が古いマンションのほうが対策は取れにくいと思われているようですが、違う事が多々あります。それは、今のマンションの壁と、古いマンションの壁を比較すると、古いマンションの壁の方が重いことの方が多いからです。音を遮断する性能は重ければ重いものほど高まります。ですから、むしろ古いマンションのほうが窓の防音性能を高めるだけで、適切な音量まで騒音を下がり、静かなお部屋にできることが多いです。

騒音対策で失敗しないために

防音量は、高めれば高めるほど、音の出口を塞ぐことになるので、壁や窓を通り抜けて入ってきた音は外に出られなくなります。音はよく響き、そのため音が、かえって目立ってしまう事が多々あります。

 

また、防音量を必要以上に高めると、今まで隠れていた、上階のお部屋の歩行音、玄関ドアや室内ドアを閉める音。エレベータの稼働音が聞こえるようになります。これらの音は、今までは聞こえなかった=聞こえるはずがない音なので、脳が困惑します。上手に処理しきれないことがストレスとなり、人を不愉快・不安な思いにさせます。防音と音響(工事後のお部屋の音)の塩梅が騒音対策の肝になります。

建築時の工夫と内窓設置の工夫

設計士も工夫をしたようで、通常これだけの壁面積であれば、窓の数を増やすか、もっと大きな窓にしがちです。それを1つ、そして縦長の窓にしているのは電車の音対策・光量確保・通風(と換気)を成立したかったからだと推察できます。

 

窓は幅75cm×高さ75cmで上下に積まれています。下段はフックス窓。上段は2枚引き戸式(引き違い)になっています。縦長にすれば、季節によって変わる太陽高度に関係がなく、一年を通じて光量を確保することができます。そして、窓で一番防音性能が高いのは、隙間ができないフィックス窓です。

工事前の窓の様子

〇固定式の内窓にしない

このような窓に内窓を設置するときは、2枚で一組の引き戸(引き違い)の窓を上下二段に積み上げます。

それは、下段を固定窓式の内窓にしてしまうと、内窓と外窓の間で結露が発生した場合は、結露をふき取ることでもできません。取り外し式の脱着固定型の内窓もありますが、ちゃんと戻すには、一般の方にはやはり難しいからです。

 

〇結露の心配

内窓を設置すれば断熱性能が上がるので、結露は出ないと思われている方が多いです。しかし、結露を発生させたくない時は、今回使用したガラスよりも断熱性能の高いガラスを内窓にはめ込まないと結露はやはり出てしまいます。この時必要なガラスの断熱性能値は、計算で求めることができます。

工事後の窓の様子

工事後の様子 第一声は「静かになった」

このお部屋の主である小学生の息子さんは、電車が走り抜ける音を耳にして、発した「静かになった。」そして、続けて「やったー!」でした。Kさんは「ほんとに静かになった」ご主人は「うん。確かに、、、。」

下の動画は、一番遠い線路から順に施工の前後の違いを比較しやすいるように動画を編集してならべています。動画の再生時間は2分ほどになります。

勉強部屋に相応しい環境に変わりました。

音量が下がることで、電車の音が聞こえる時間も短くなっています。全体の音量を下げつつも音の角をとることで、柔らかい音に、そしてスッと音が鳴り止み、静かになる。この音の終わり方(の設計)を私は、とても大切にしています。私に音楽を教えてくださった師匠は曲・演奏の始まりと終わりにこだわる人でした。音量・質・修まり。この3つが揃う事で騒音がストレスを感じない音(目立たない音)に変わります。

 

息子さんのお部屋の工事を終えて1週間ほどして、他のお部屋の対策のご注文をいただきました。